幸せ呼ぶ猫神の呟き 少なくない妊婦の自動車事故~なぜか増える妊娠中期の事故の危険性
                 


少なくない妊婦の自動車事故~なぜか増える妊娠中期の事故の危険性

以前、次のような報道がありました。「平成17(2005)~平成26(2014)年に東京都内で妊娠中から産後1年までに自殺や交通事故で死亡した89人のうち63人が自殺だった」――。

 この報道を受け、多くの問題が議論されました。それは、「①妊婦の自殺予防のために精神的ケアが必要である」「②妊娠中の自殺者に関する統計はあるのか?」「③妊娠中の交通事故に関する統計や調査はあるのか?」「④東京以外の県ではどうか?」などです。

 ちなみに、滋賀県における妊婦の自殺者は、ここ数年1人もいませんでした。

 まず、上記②~④について、我が国では「妊婦の事故や自殺に関する全国的な統計」はありません。「妊産婦の死亡(死産や流産)などに関する統計」はありますが、「事故や事件の被害に遭った妊婦の数に関する公式統計」はないのです。

統計で分かっていること

 厚生労働省の統計を調べると<平成26年の妊産婦死亡数は26人>とあります。「こんなに少ないのか」と驚かれるかもしれません。

 まず、妊産婦死亡の定義ですが、「妊娠中または妊娠終了後満42日未満(6週未満)の死亡で、妊娠の期間及び部位には関係しないが、妊娠もしくはその管理に関連した又はそれらによって悪化したすべての原因によるものをいう。ただし、不慮又は偶発の原因によるものを除く」とあります。

 これは産科的な死亡のみを扱っており、自殺、他殺、不慮の事故で死亡した妊婦は入っていません。

 妊産婦死亡の程度を比較する際には、出産数で割った妊産婦死亡率(出生1000当たり)を用います。昭和25(1950)年に我が国の妊産婦死亡率は「161.2」と高かったのですが、衛生状態や医療の進歩によって、2014年には「2.7」となりました。

 この値は先進国で最も低いと言われています。ちなみに「米国は20.6」「イギリスは5.0」です。

 日本は妊産婦にとって、世界一安全な国と言いたいところですが、事故や事件に巻き込まれる人や、自殺者の数がわかりません。ですから、産科医療をめぐっては「世界一安全」としか言いようがありません。

年間約1万人の妊婦が自動車事故に遭い20人弱が死亡

 我が国の人口動態統計によると、不慮の事故や自他殺といった、いわゆる外因死は死亡総数の5.2%です。しかし、年齢階級別にみると「15~24歳の死原因の69.2%」、「25~34歳の死亡原因の58.2%」と多くを占めます。

 妊婦の多くはこの年齢層に含まれるため、母児を守るためには外因死の予防が大きな課題です。米国では6~7%が妊娠中に何らかの外傷を負っており、また新生児の約1%は子宮内で交通事故を経験しているそうです。

 また、交通事故は妊婦が受ける外傷の約70%を占め、母児ともに外因死の最大の原因になっているとのことです。

 我が国では妊婦の交通事故についての包括的な調査がなく、交通事故で負傷した妊婦及び胎児の数は不明です。近年、札幌で行われた調査では「2.9%の妊婦が自動車乗車中に交通事故に遭遇」したそうです。

 また、妊婦を対象にした一般雑誌では、独自の調査をもとに、「妊娠中に自動車事故に遭遇した人は3%」と記載されていました。したがって、妊娠中に交通事故に遭遇する割合は、少なくとも3%以上と考えて良いようです。

 「産婦人科診療ガイドライン産科編2008」によると、「年間約1万人の妊婦が自動車乗車中に交通事故に遭遇し、20人弱の妊婦が死亡」すると推定されています。

 また、米国のデータをもとに2008年に行った私の推計では、「交通事故で負傷する妊婦は年間に5000~7000人、死亡する妊婦が20~40人程度」。近年、交通事故死傷者数は減少しているので、この数字はやや減っているでしょう。とはいえ、妊婦の安全のためには、交通事故予防も大きな課題です。

カナダでの統計調査では......

 カナダで2006~2011年に出産した18歳以上の女性約51万人を対象にした研究があります。この研究で、妊娠前3年間、妊娠中、産後1年間のそれぞれにおける自動車運転中の事故率が計算されました。

 妊娠前3年間を平均すると、この時の事故率は1000人当たり4.6でした。しかし、妊娠中期には6.5となり、妊娠前に比べて妊娠中期に事故を起こす危険性は42%も増加していました。その後、出産直前には事故率は2.7と低下し、産後の1年間も2.4と、妊娠前よりも明らかに低下していました。

 なぜ、妊娠中期に事故率が上がるのか、詳しくは分かっていません。しかし、妊娠することによる嘔気、全身のだるさ、眠気(睡眠不足なども含む)、注意力低下が原因とも考えられています。

 妊娠中期頃を迎えた方には、「自動車の運転に注意してください」と声を掛けることが事故の予防につながります。そして、お腹の中の赤ちゃんの安全にもつながるのです。

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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)

滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授、京都府立医科大学客員教授、東京都市大学客員教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会指導医・認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(副会長)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)、日本バイオレオロジー学会(理事)、日本医学英語教育学会(副理事長)など。

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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授、京都府立医科大学客員教授、東京都市大学客員教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会指導医・認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(副会長)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)、日本バイオレオロジー学会(理事)、日本医学英語教育学会(副理事長)など。

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