祖父も父も夫も「ギャンブル依存症」! 経験者が語るその恐ろしさとは?

「ギャンブル依存症」と聞いて、どんなイメージをお持ちだろうか。『賭博黙示録カイジ』や『闇金ウシジマくん』に出てくるようなダメ人間を想像し、「自分とは程遠い世界で生きている人」と思ってしまう人が一般的だろう。だが、「ギャンブル依存症」は歴とした病気。

脳内の伝達物質のうち、快楽をつかさどるドーパミンの分泌が過剰になることで発症すると言われている。しかし、罹患している当人としても、「好きなことにハマりすぎているだけ」との認識が強く、自らが病気であると認識するにはかなり時間を要するようだ。

 ギャンブル依存症問題を考える会代表・田中紀子氏著『祖父・父・夫が ギャンブル依存症! 三代目ギャン妻の物語』(ワタナベチヒロ:イラスト/高文研)では、田中氏が自身の経験を交えて、依存症の恐ろしさやその治療について触れている。

祖父も父も「ギャンブル依存症」という家庭環境に生まれ育った田中氏は、なんと夫も「ギャンブル依存症」だったという。出会った当時、彼は、早稲田大学の学生だったが、ギャンブルに夢中になり、授業や試験を放棄したため2年留年していた。

「ギャンブルをやる家庭に育って貧乏で苦労したのに、ギャンブルをやる人をどうして好きになったのか」と疑問に感じてしまうが、田中氏自身、ギャンブルに小さい頃から慣れ親しんでいて、ギャンブルを悪いとも思っていなかったという。

幼稚園の時には、既に祖父に連れられてパチンコ屋に出入りしていたし、親戚が集まれば、大人も子どももトランプや花札という賭け事に興じていた。家族の中に寝食を忘れるほどギャンブルにのめりこんでいた人はいるが、自分たちは節度を持って遊ぶことができる。ギャンブルが悪いのではなく、のめり込んだ人が愚かなヤツだったと考えていたという。

 しかし、田中氏は、夫のギャンブル好きに付き合うことで、次第にギャンブルに自らのめり込んでしまう。朝までカジノに行き、競艇が始まる時間になると競艇場に行き、さらには、競艇場にいながらスポーツ新聞を買い込み、その日行われる地方競馬、競輪、オートレースなどあらゆる公益ギャンブルに電話投票しながらスクラッチを削り、宝くじ売り場があれば、買い込む…。

一時は万年金欠病かつ睡眠不足という生活から足を洗うことはできたが、新婚旅行で訪れたラスベガスでギャンブル欲は大爆発。滞在中一切観光をせずにカジノに入り浸っただけでなく、肝心の結婚式まで「もう面倒だからいいよね」と、結局挙式も中止し、ギャンブルに明け暮れた。

こうして、ギャンブルのためにお金をたくさん使ったが、ビジネスマンとしての稼ぎがそれなりにあった2人は、借金が出来ても、すぐに返せてしまう。

結婚して落ち着いたからには、「ギャンブルは借金してまでやるものではない」という理屈がわからないわけがないと思っていたが、田中氏に黙って夫は幾度となく借金を繰り返し、そのたびに田中氏は、なんとか有り金をかき集めて、借金を肩代わりしてやっていた。普段は優しく子ども思いなのだが、夫はギャンブルだけは止められなかった。

「俺は病気だ。自分じゃどうにも止められない…助けてくれ!」。借金を繰り返す夫に泣きつかれた時には「そんな病気あるわけがない」と思っていた田中氏だったが、一緒に心療内科へ行くことになり、はじめて「ギャンブル依存症」という病を知った。

それに加えて医師によれば、田中氏も「共依存」状態にあると診断された。田中氏は、夫の借金を肩代わりすることで「自分が役に立っている」「必要とされている」という気持ちよさに依存してしまっていたのだ。田中氏は自分の病気の問題の原因を生い立ちが問題だったのではないかと考え、そのストレスから「買い物依存症」や「うつ病」を発症してしまうこともあったが、ギャンブル依存症者やその家族が通う「自助グループ」に夫婦で通い、彼らは他のギャンブル依存症者の話を聞いたり、自身の経験を語ったりすることで、2人は次第に依存状態から回復に向かうことができた。回復していくその過程についても事細かに触れられているので、詳しくは本をぜひ読んでほしい。

 依存症者は、当事者も家族もまさか自分が「病気」だとは認識できず、生活が破綻するまでなかなか治療に結びつかないのが現状だ。田中氏は自身の経験を活かし、第三者として当事者と家族の間に立ち、依存症者を治療施設へと結びつける活動をしているが、依存症対策は急務だろう。日本は欧米に比べて、依存症者に対する治療環境が整っていないと言われている。カジノを作るのと同時に「依存症」への対策が練られることを願うばかりである。

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