末期の胃がんと闘う「がん専門医」が描く“理想の医療”

金沢市の中心部、兼六園の近くにがん患者とその家族・友人などが集まり、専門家の支援を受ける開かれたスペース「元ちゃんハウス」がある。オープンして約5カ月で訪問者は延べ500人。足を運ぶと、陽光の差し込む室内で十数人がテーブルを囲み、抗がん剤の副作用や術後の経過などについて話していた。表情は皆、穏やかだ。

 人の輪の中で「うん、うん」と何度もうなずきながら話を聞いているのは「元ちゃん」。金沢赤十字病院副院長を務める大腸がんの専門医・西村元一さん(58)で、胃がんの患者でもある。同ハウスは、がんになったからこそ見えた「がん患者に必要な支援体制」を体現した場といえる。患者になった医師が思い描く理想の医療とは?
 
 西村さんは2015年3月26日、肝・リンパ節転移を伴う胃がんの診断を受けた。病期はステージIV。青天のへきれきである。気分が悪くなりトイレに駆け込むと、タール便が出て、吐き気がした。診断が出るまでの過程では、症状から冷静に分析を進める医師の視点を失っていなかった。

 6年間、胃がん検診を受けていなかったとのこと。医師として可能な限りの時間を割いて患者に向き合い、学会で全国を飛び回っていた。休日もがん予防に関する公開講座の講師を務めたり、医療・介護関係者の勉強会・交流会に参加したり……。理由はいろいろあるが、「結局、がんを人ごとだと考えていた」という。その末に受けたがん宣告だった。

「医者の不養生とは、このことだね……」(西村さん)

 乾いた笑いに、後悔がにじむ。とはいえ、どんなときにも喜怒哀楽の「喜」と「楽」を忘れない「元ちゃん」。がんになっても変わらない明るいキャラクターは健在である。

 西村さんと初めて会ったのは12年10月である。「金沢一日マギーの日」というがん患者の支援を進める催しだった。「マギー」とは、英国のがん患者支援施設「マギーズセンター」を指す。西村さんは13年3月に「金沢にマギーを」との目標を掲げて「がんとむきあう会」を創設した際の中心メンバーだった。「議員さんや行政に、どう働きかければいいか?」などと構想を巡らせ、活発に動き回る日々。当時、西村さんは次のような思いを力説していた。

「手術を担当した自分が、その後もじっくりと話を聞いて患者に寄り添っていければいいが、なかなか難しい。また、治療以外の部分では分からないことも多い。看護師、栄養士、カウンセラーなどさまざまな専門職が常駐し、多方面からがん患者の悩みにこたえられる相談の場が欲しい。患者や家族が自由に集まる所が必要であり、金沢らしさを備えた、ゆったりと過ごせる空間ならば、いうことはない」

14年10月に医療・介護関係者の勉強会で再会し、西村さんはその後の食事会にも顔を出した。短い時間だったが、「金沢マギー」の意義を熱く語り、合間にスマートフォンでメールチェック。ほとんど食事は口にせず、退席したと記憶している。思えば後ろ姿には、疲れ以上の重苦しさがあった気がする。その場にいた全員が「お忙しそうですね」と声を掛けて見送った。

 西村さんは15年3月にがん宣告を受けた後、抗がん剤、手術、放射線と主要な治療を経験し、免疫療法も受けて今に至っている。肝・リンパ節転移が疑われた後は、「手術をすべきかどうか?」と迷ったこともあったが、前のめりでがん治療を続けてきた。「自分が外科医だから手術をしたけれど、腫瘍内科医なら抗がん剤治療を選んだかも」という。医師としての人生を、患者として肯定していく重い選択である。この結果、初診では「余命半年」だったが、発症から2年以上が経過し、「元ちゃんハウス」の主として頑張ることができている。

 西村さんは治療を受けながら、基金を設立し、講演を行うなどして寄付金を募ってきた。「金沢にマギーを」という一心で奔走してきたところ、支援施設の名称案はいつの間にか「マギー」から「元ちゃん」になっていた。英国の女性がん患者の名前である「マギー」を冠したのがマギーズセンターだったのだから、「金沢なら『元ちゃんハウス』がいいだろう」と、支援者から自然に声が上がるようになっていった。皮肉だが、がんの発症が構想を後押しし、実現を早め、16年12月1日に「元ちゃんハウス」はオープンしたのである。

「元ちゃんハウス」は、がん患者や家族が自由に立ち寄り、医療者ら交流できる場所である。平日は午前11時から午後3時まで看護師ら専門職が1階で訪問者に対応する。また、第2・第4火曜日と第1土曜日は午後1時から4時まで3階でがん患者らが交流する。料理教室や勉強会なども随時開催している。

 ふと見ると、80代の女性が西村さんの手を取り、ソファに身を沈めて、がんが疑われる肉親について相談していた。親しみやすい「元ちゃん」は医師の顔に戻り、たまたま担当医が知り合いで患者自身から「聞いてきて!」と頼まれてきたとのことだったので、すぐに電話して病状を把握。女性へ簡単に状況を説明した後、「緊急性はないようだから、しばらく経過を見ればいいよ。安心してと伝えて」と話した。

 「元ちゃんハウス」ではスタッフ一同、できる範囲で「患者ファースト」のがん医療の手助けが実現するよう心を砕いている。

 西村さんが語る「病院や医師を選ぶ時のポイント」はこうだ。

●まずは最寄りのがん診療拠点病院に行くべきだが、遠慮せずセカンドオピニオンも受けてみよう。
●医師との相性が合わなければチェンジする勇気も。看護師、薬剤師との連携ができているかも重要。
●家族のサポートが得やすいよう、病院がどのエリアにあるかを考慮しよう。
●治療を受ける病院で困ったことがあれば医療相談室に聞いてみよう。

 これらは裏を返せば、がん患者と向き合う医師の心得ともなる。西村さんが北陸にある国立大学付属病院で現職の医師を前にした講演を聴いたことがある。そこには「元ちゃん」本来の陽気さよりは、医師としての厳しさが見て取れた。患者となった心境を赤裸々に語った後、時間をいっぱいに使い、パワーポイントで現在のがん医療を取り巻く現状やその問題点を次々と指摘していった。

 例えば、抗がん剤治療による味覚障害で甘さを強く感じた時に、甘みの強い薬を飲まされた不快感などを紹介した。

「自分も患者さんに何度も処方してきた薬だけど、飲めたものではなかった」(西村さん)

 このほか、体験しなければ分からない治療の苦しさや戸惑いを列挙した。言外には「患者の身になって考えよ。そうでなければ、患者の信頼は得られないぞ!チェンジされるぞ!」との思いをたっぷりと盛り込んだ提言である。後輩医師への叱咤激励、自身への反省を込めた苦言といえる内容だった。

「今の時代、ネット上にがんに関する情報があふれ、患者は玉石混交の内容に振り回されている。ネットから得た治療を要求する患者の声を医師が突っぱねたり、切り捨てたりしてはいけない。ちゃんと説明できるようにしなければいけない。また、患者も安易な情報をうのみにせず、病院や元ちゃんハウスのような場所を活用してがん経験者や専門家の助言から学ぶ必要がある」(西村さん)

 医師と患者、双方を生きる西村さんの姿に「天命」という言葉が浮かんだ。辞書によると、(1)生まれた時から定まっている運命。宿命。(2)天から授けられた寿命。天寿。(3)天の命令。天から与えられた使命……とある。がんという運命を受け止め、寿命が続く限り、使命を全うする……元ちゃんハウスで忙しく相談に応じる医師・患者である西村さんに、人生をかけてがんと向き合う覚悟を見た。(ライター・若林朋子)

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