幸せ呼ぶ猫神の呟き 恋愛、子育て――人間関係におぼれてしまう人の複雑な心理

恋愛、子育て――人間関係におぼれてしまう人の複雑な心理

◆信頼した人との関係に執着していませんか?

恋人ができるとその人しか見えなくなり、2人だけの世界に執着していく。「私だけを見て」「すぐに会いたい」などと自分本位の要求を突きつけているうちに、相手から重く思われ、捨てられてしまう――。 結婚すればパートナーとの関係にしがみつき、子どもができればわが子との関係にのめりこみ、「この人さえいてくれれば」「この子さえいてくれれば」と執着していく。こうして狭いカプセルのなかで家族を束縛していくうちに、いつしか家族の笑顔も健康度も失われていく――。

このように、恋愛や結婚生活、子育てなどを通じて特定の人間関係にはまりこんでしまうと、その執着力によって相手の自由を奪い、ついには関係を壊してしまうことが少なくありません。こうして人間関係に“おぼれて”いく人は、友だちや上司など、その他の関係においても、同じような付き合い方を繰り返している可能性があります。たとえば、友だちができると「ずっと親友でいてね」と2人だけの友情にこだわる。信頼する上司ができると、その上司にくっつき、その上司のためなら何でもしたい、どこまでもついていきたいと執着する、といったパターンです。あまりに人間関係に執着しすぎると、自分も相手も不幸になるだけなのに、どうしてこのような関係性を繰り返してしまうのでしょう?
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◆満たされない思いを引きずっていませんか?

以前のコラムで「自己分化」というキーワードを紹介したことがありますが(「『ケンカ』で分かる!カップルと夫婦の心の成熟度(https://allabout.co.jp/gm/gc/445720/)」)、今回、冒頭でお伝えしたケースでも、この「自己分化」への理解は重要なカギとなります。 自己分化とは、「情緒」と「知性」が分かれ、感情に巻き込まれずに、 物事を考えたり行動したりできる心の状態です。この「自己分化」とは、そもそも育ってきた原家族の影響から心理的に卒業し、自立的に行動できる状態を指します。つまり、自己分化度の高い人は、親子関係による欲求不満や葛藤を引きずらずに成長しているため、自分らしく自分の人生を歩むことができるのです。

一方、自己分化度の低い人は、「親にもっと愛してもらいたかった」「自分を肯定してほしかった」など、原家族での満たされない思いを抱えたまま成長しているため、大人になっても満たされない思いが心の底でくすぶり続けています。そうしたなか、信頼した他者との出会いがあると、その相手との関係によって感情の充足を求めてしまうのです。こうして、パートナーに「私だけを見て」「すぐに会いたい」と欲求をぶつけ、「お前さえいてくれれば」と子どもを抱え込んでいくケースは、少なくないのです。

◆愛情欲求を第三者にぶつけ、関係をくずしていく

原家族との関係での欲求不満や葛藤を抱えたまま成長した人は、「親などいらない」と過剰に親を否定したり、原家族から距離を置くことにこだわっていることが少なくありません。このように、原家族との接触や気持ちの交流を断とうとすることを「情緒的遮断」といいます。しかし、無理やり原家族から離れようとしても、そこで満たされなかった思いはそのまま心の中に残り、くすぶりつづけてしまいます。

そんな不全感を抱えたなかで、信頼できるパートナーとの出会いがあったり、愛するわが子を授かったりすると、その思いをそうした人たちにぶつけて感情を満たそうとしてしまうのですが、その感情は、子どもが親に向ける思いと同じような、自己中心的で依存的な愛情欲求なのです。
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◆人間関係に潜む“家族の影響”に気づく

その欲求をぶつけられたパートナーは、自己分化度の高い人ほど、束縛され、支配されているように感じ、息苦しくなってしまうでしょう。相手の自己分化度も低い状態であれば、2人だけの依存的な関係のなかに埋没していき、お互いの精神的自立を阻害してしまうことが少なくありません。また、わが子にその欲求をぶつけると、子どもの素直な感情表現を妨げ、わが子の自己分化も疎外してしまいます。すると、わが子の心にも自分と同じような家族関係の影響による不全感が生じ、その思いを第三者で満たそうとする“他者への依存の連鎖”を繰り返してしまいます。

このように、特定の人間関係におぼれ、執着と束縛のなかで葛藤を繰り返している場合、自分の育ってきた歴史を振り返り、自分の人間関係のパターンを理解していく必要があります。親を否定したまま満たされない思いをくすぶらせて生きていないか、満たされない思いを他者にぶつけて、不全感を満たそうとしていないか――こうした自分自身の心の軌跡を洞察し、自己理解を深めていくことです。 大切な人とのほどよい関係を保ちながら、自分らしく自立した人生を歩んでいくためには、この気づきのプロセスを踏むことが必要になるのです。

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